●1966年7月 世田谷区代沢生まれ
下記写真は、
『幼き日の三兄弟。 ・・・ともふみはいつも、手を引かれている末っ子。』

●1973年 私立駒場幼稚園卒園
●1979年 世田谷区立池之上小学校卒業 (児童会 ボーイスカウト)
●1982年 世田谷区立富士中学校卒業 (生徒会議長 バレーボール部)
『 父 母 兄 姉 ともふみ 』
しっかりものの兄・面倒見の良い姉との三人兄弟の末っ子として育つ。
父は厳格な人で、庭で竹刀を100振ると、子供たちを起こし、
近所の八幡様まで、早朝マラソンに連れて行くほどであったという。
ともふみ少年は、とにかく、三度の飯より新聞と議論が好きで、
一度、言い出すと頑として譲らない、まっすぐな性格に成長する。
「お兄ちゃんと、TVの前でニュースについて話を始めると、
いつのまにか議論になって、私が止めに入らなければならないほどでした」(美枝 母さん 談)
●1985年 東京都立新宿高校卒業 (バトミントン部・演劇部)
●1990年 東京都立大学法学部卒業(都市計画法・教育法を専攻)
父が病床にあり、日中はアルバイトをし、学費は自分で捻出した。
本当に、社会の厳しさを知ったと言う。
まだ、全国にドトールが12店舗しかない時代。
地元の下北沢のドトールで、働き始める。当時の時給は550円。
毎晩、銀座・六本木でお札が飛び交うバブル絶頂期に、
世田谷で1杯150円のコーヒーを無心で売り、
「目の前に数え切れない程いるお客様の為に、全身全霊で接すれば、
コーヒー1杯以上の思いが伝わり、必ず、心を通じさせることができる」と確信する。
アルバイトにもかかわらず、「なぜ、この店は下北沢より売れるのだろうか??」と、
下北沢以外の店舗を見学しに行くほどの熱の入れようで、
そのサービス精神は、社長賞までもらうほどであった。
下記、写真は、
『下北沢街頭演説 後ろは、前述のドトール下北沢店』

一方、大学では、教育法を専攻。 都立大学法学部の兼子教授の下で、
問題が大きくなり始めていた「偏差値教育・いじめ問題」などを研究する。
時は1980年代半ば。中曽根総理の下に開かれた臨時教育審議会が「新学力観」
を示し、現在の教育改革の方向性が定められたのがちょうどこの頃である。
次世代を担う子ども達をどう育てていくか。そして時代の変遷期をどう生き抜いて
いくか。考えれば考えるほど、わからなくなる教育議論・・・。
「社会」というものを、学校(頭)と仕事(体)の両方で学び続けた青春時代であった。

『兼子先生と、ゼミの仲間たち』